愛はなぜ人を傷つけるのか ― 映画「愛の悪魔 / フランシス・ベイコン歪んだ愛の肖像」を観て

愛はなぜ人を傷つけるのか ― 映画「愛の悪魔 / フランシス・ベイコン歪んだ愛の肖像」を観てのアイキャッチ画像

フランシス・ベイコンの実人生をもとにした『愛の悪魔 / フランシス・ベイコン歪んだ愛の肖像』の感想を書いていきます。

フランシスベーコンとも記載されることがありますが、ブログでは映画「愛の悪魔 / フランシス・ベイコン歪んだ愛の肖像」と合わせて「ベイコン」と記載しています。)

▼映画の解説

今世紀を代表する画家の一人、フランシス・ベイコンの生涯を、男性の恋人ジョージ・ダイアーとの関係を中心に描く一編。監督・脚本は「リメンバランス」のジョン・メイブリィ。製作はキアラ・メナージュ。製作総指揮はフランシス・アン・ソロモン、ベン・ギブソン、パトリス・ハダド、浅井隆。撮影は「リメンバランス」「ヴィゴ」のジョン・マティエソン。音楽は「スネーク・アイズ」の坂本龍一。美術はアラン・マクドナルド。編集はダニエル・ゴダード。衣裳はアニー・シモンズ。出演は「ハムレット」のデレク・ジャコビ、新鋭ダニエル・クレイグ、「イヴの秘かな憂鬱」のティルダ・スウィントン、「ハワーズ・エンド」のアン・ラムトン、「世にも憂欝なハムレットたち」のエイドリアン・スカーボロー、「ヴイトゲンシュタイン」のカール・ジョンソンほか。98年エジンバラ国際映画祭でマイケル・パウエル賞(最優秀作品賞)、最優秀演技賞を受賞。

1998年製作/90分/イギリス・日本合作

引用:映画.comより

まずは普通に感想

フランシス・ベイコンの生涯の中でも特に激しく、悲劇的な部分を切り取った映画です。

芸術家ベイコンの創造の源泉にあった「愛と暴力と依存」が強烈に映像化されていて、ただの伝記映画とは全く違う異質さがありました。

映像表現も印象的で、歪んだカメラワークや肉体の崩壊を思わせるカットは、ベイコンの絵画世界そのものを映画的に体験させてくれるようでした。観ている側も居心地の悪さを感じながらも目を離せない、まさに「美と醜」「愛と破滅」が背中合わせになった感覚が残ります。

ジョージ・ダイアーとの関係性もただの恋愛ではなく、芸術家を突き動かす「毒のある愛」として描かれていたのが強烈です。彼がいなければあの絵は生まれなかったかもしれないけれど、彼がいたからこそ破滅も訪れた。
その二面性が強烈に印象に残る映画です。

そして音楽が坂本龍一なのがスゴい。

ベイコンとジョージ・ダイアー ― 歪んだ愛のかたち

物語の中心は、画家フランシス・ベイコンとその恋人ジョージ・ダイアーの関係です。
2人の間には確かに強い愛情があるのに、ベイコンは繰り返しダイアーを傷つけます。浮気、挑発的な言動、突き放すような態度。そのすべてが愛する人を痛めつけていく。

観ていて私は思いました。
「愛しているのに、なぜ傷つけるのか?」

もしかするとそれはダイアーを「自分のもの」として証明したい衝動だったのかもしれません。
愛しているからこそ試さずにはいられない。相手が壊れても離れられないと確かめる行為。
それは歪んだ愛のかたちではないでしょうか。

愛の悪魔 / フランシス・ベイコン歪んだ愛の肖像
引用:映画.comより

愛と破壊は背中合わせ

ベイコンにとって愛は安らぎではなく、むしろ破壊と所有欲と創造の燃料のような気がしました。
ダイアーを壊しながら「お前はまだ俺のものだ」と確かめる。
残酷ですがその緊張関係こそが彼の創作を突き動かしたのではないかと。

そして皮肉にもその破壊性こそがベイコンの作品を強烈に輝かせました。
愛があるから傷つけ、傷つけることで生まれた痛みが彼の作品をさらに深いものにしていく気がしました。

誰もが持つ「愛ゆえの痛み」

もちろんベイコンの愛は極端すぎて壊滅的です。
けれど誰しも「愛するがゆえに相手を傷つけてしまう」瞬間はあるのではないでしょうか。
無意識に言葉で刺してしまったり、相手を試してしまったり。

愛と痛みは完全には切り離せない。
「愛の悪魔」はその矛盾を突きつけてくる映画でした。